Hey! Say! JUMPのコンサートに行っていきました(まるご)

なぜ人はコンサートに行くのだろうか。

 自分のことを知らない人に会いに行くのだろうか。

 コンサートに行っても、肉眼で彼らの仕草、表情を見ることは難しく、会場にいたとしてもモニター越しでしか彼らの顔を確認することができない。家でDVDを観るのと何が違うのだろうか。

 

 今回はじめてコンサートに参戦し、その理由が少しわかった気がする。

 まず一つは、コンサートというのは公演だけではなく、そこに至るまでの過程がすべてお祭りなのだということ。

 コンサートツアーが発表された時から私たちの夢は始まっている。どこに入れるのか、抽選に受かるか、席はどこか。まるで年始の福袋のように「とりあえず毎年買って楽しむ」ものなのではないだろうか。

 

 当日の会場近辺もお祭り騒ぎである。この年になるとジャニーズ好きというのも少し恥ずかしく感じることもあり、なかなか同志に出会うことは少ない。そのため、東京ドームシティがHey!Say!JUMPのファンで埋め尽くされる光景には圧倒された。同じ人を応援する人がこんなにいるのか。あの人もこの人もみんな彼らのことが好きなのか。普段は敬遠しているキラッキラな女の子にも親近感を抱くこの現象。

 

 そして、一番大きいものは、アイドルたちの生の声が聴けるということよりも、アイドルたちに生の声を届けられるということだった。

 とても月並みな言葉だが、コンサートに参加し、彼らの生身の姿を(たとえ豆粒でも)目視することで、アイドルたちがこの世に存在するのだと、実感した。

 

 顔をさらし、どこにも逃げられない場所で戦うアイドル。テレビでうまく喋れない時もあるだろう、誹謗中傷に苦しむこともあるだろう。そんな彼らが唯一安心して自分のままでいられるのが、このコンサート会場なのではないか。

 この会場にいる人は全員、お金を払ってでも自分に会いたい、自分を愛してくれる人だけなのだ。

 CDの売り上げ、ファンクラブの会員数、出演番組の数……。いろんな数字でアイドルの人気は図られる。しかし、どんな数字よりも一人の笑顔の方が私を元気にしてくれるのだと、私は知っている。

 彼らも同じなのである。

 

 だからファンはコンサートに行く。声の限りに叫ぶ。ペンライトを振り回す。うちわをたくさん作る。だってそれらは、彼らに届いていると実感できるから。彼らに直接届けられるものはそれだけだから。

 

 ペンライトで作られた星空のような光景を、客席から見た。美しいと思った。こんなにファンがいることは素晴らしいことだと思った。自分が埋もれてしまうことは気にならなかった。むしろ、個が埋もれるほどの輝きを作り出せることが、自分がその輝きを作る一員であることが誇らしかった。

 

 だから私はコンサートに行くのだ。